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システム障害の本質を見抜く多角的アプローチ:根本原因分析と再発防止の思考法

Tags: 根本原因分析, システム障害, 問題解決, 思考フレームワーク, RCA, 5 Whys, フィッシュボーン図, システム思考, プロジェクト管理

システム開発において、障害は避けられない事象かもしれません。しかし、その障害に対して表面的な対処で終止符を打ってしまうと、形を変えて再発したり、さらに大きな問題へと発展したりする可能性があります。真に持続可能なシステム運用と開発を実現するためには、発生した問題の裏に隠された本質的な原因を多角的に見抜き、根本から解決する力が不可欠です。

本記事では、複雑なシステム障害から本質的な課題を特定し、効果的な再発防止策を導き出すための思考法と具体的なフレームワーク、そして現実の事例を通してその応用方法を解説します。

問題の本質に迫る「根本原因分析(RCA)」の重要性

根本原因分析(Root Cause Analysis: RCA)とは、発生した問題や障害の最も深い原因、すなわち、それを取り除くことで問題が永続的に解決される原因を特定するための一連の体系的なプロセスを指します。表面的な現象だけでなく、その背後にある技術的、組織的、プロセス的、人的要因など、多角的な視点から深く掘り下げていくことがRCAの核となります。

RCAを効果的に実施するためには、複数の思考フレームワークを組み合わせることが有効です。ここでは、特に有用な「5 Whys(なぜなぜ分析)」と「フィッシュボーン図(特性要因図)」、そして全体像を捉えるための「システム思考」を紹介します。

1. 5 Whys(なぜなぜ分析):現象から深層へ

5 Whysは、目の前の問題に対して「なぜそれが起こったのか」と問いを5回(または本質に到達するまで)繰り返すことで、表面的な原因から深層にある根本原因へとたどり着くシンプルかつ強力な分析手法です。

適用手順のポイント:

  1. 問題の明確化: 最初に何が問題であるかを具体的に定義します。
  2. 最初の「なぜ」: その問題がなぜ発生したのかを問い、直接的な原因を特定します。
  3. 問いの繰り返し: 特定された原因に対し、さらに「なぜそれが起こったのか」と問いを繰り返します。この際、客観的な事実に基づいて深掘りし、主観や憶測に流されないことが重要です。
  4. 根本原因の特定: 繰り返し問い続けることで、技術的な要因だけでなく、プロセス、組織、文化などのより上位の階層にある根本的な原因に到達します。

例えば、「システムが応答しなくなった」という問題に対して、以下のように展開できます。

この例では、単なるインデックス追加という技術的修正だけでなく、「非機能要件の品質保証プロセス」という組織的・プロセス的な根本原因にたどり着いています。

2. フィッシュボーン図(特性要因図):多角的な要因の可視化

フィッシュボーン図は、特定の問題(結果)に対し、考えられる要因を「骨」のように分類して洗い出し、構造的に整理する図解ツールです。根本原因を特定する上で、多角的な視点から抜け漏れなく要因を洗い出すのに役立ちます。

適用手順のポイント:

  1. 問題の定義: 図の「頭」となる部分に、分析対象となる問題(結果)を明確に記述します。
  2. 大骨の設定: 問題に影響を与える主要な要因カテゴリをいくつか設定し、太い「大骨」として記述します。IT開発の文脈では、以下のようなカテゴリが考えられます。
    • 人 (People): 開発者、運用担当者、利用者、マネージャーのスキル、経験、コミュニケーション、モチベーションなど
    • プロセス (Process): 開発手順、テストプロセス、デプロイプロセス、運用手順、要件定義プロセスなど
    • 技術 (Technology): プログラミング言語、フレームワーク、ミドルウェア、インフラ、アーキテクチャ設計など
    • 環境 (Environment): 開発環境、本番環境の構成、ネットワーク、外部サービス、市場状況など
    • 測定 (Measurement): 監視ツール、ログ、テストカバレッジ、SLA、メトリクスなど
    • 管理 (Management): プロジェクト管理、予算、スケジュール、リスク管理、品質管理体制など
  3. 中骨・小骨の追加: 各大骨に対し、さらに具体的な要因(中骨)、そしてその詳細な要因(小骨)を書き出していきます。ブレーンストーミングで多くの意見を出し合い、一つ一つの要因が問題にどのように影響しているかを検討します。
  4. 原因の絞り込み: 図全体を見渡し、各要因間の関係性や影響度を評価しながら、特に影響が大きいと考えられる要因や、他の要因の根本にあると考えられる要因に焦点を当てていきます。

フィッシュボーン図を用いることで、単一の原因に固執することなく、複数の視点から問題の全体像を把握し、潜在的な原因を見落とすリスクを低減できます。

3. システム思考:隠れた構造と因果関係の理解

システム思考は、個々の要素だけでなく、それらが相互にどのように作用し、時間とともにどのように振る舞うかという「システム全体」の視点から物事を捉える考え方です。根本原因分析においては、表面的な事象の背後にある「構造」や「因果のループ」を理解することで、より本質的な解決策を見出すのに役立ちます。

例えば、システムの一部を改修することで一時的に性能が改善したとしても、それが別の箇所に負荷を転嫁したり、開発プロセス上の別の問題を引き起こしたりすることがあります。これは、システムが持つ因果のループを理解せずに、場当たり的な対処をしてしまった結果です。

システム思考では、増幅ループ(問題が悪化する、または好転するループ)や抑制ループ(問題を安定させる、または停滞させるループ)といった概念を用いて、複雑な問題のダイナミクスを分析します。これにより、短期的な効果だけでなく、長期的な影響も考慮した解決策を検討することが可能となります。

事例解析:大規模Webサービスの断続的障害と本質的原因の特定

ここでは、ある大規模Webサービスで発生した断続的な障害事例を、上記で紹介した思考法を応用して多角的に分析し、本質的な原因を特定するプロセスを見ていきます。

事例の概要: 顧客向けECサイトで、特定の時間帯に「商品検索が遅い」「カートに商品が追加できない」「決済がエラーになる」といった断続的なパフォーマンス低下やエラーが報告されるようになりました。開発チームはログを監視し、サーバーのリソース不足や特定のAPIの応答遅延を確認。一時的にサーバーリソースを増強したり、遅延しているAPIのコードを修正したりすることで対処しましたが、数週間後には類似の現象が別のAPIや機能で再発しました。

多角的分析プロセス:

  1. 初期対応(表面的な問題解決)の限界を認識: サーバー増強やコード修正は一時的な効果をもたらしましたが、問題の再発が示唆するように、これらは根本原因ではありませんでした。なぜ一時的な解決策で終わってしまったのか、という問いから分析を開始します。

  2. フィッシュボーン図を用いた要因の洗い出し: 「断続的なパフォーマンス低下・エラーの再発」を問題の中心に据え、以下の大骨を設定して要因を洗い出しました。

    • 技術 (Technology):
      • DBのクエリ最適化不足
      • 特定のマイクロサービス間の通信オーバーヘッド
      • キャッシュ戦略の不徹底
      • レガシーコードの性能劣化
      • リリース後の性能テストの不足
    • プロセス (Process):
      • 要件定義における非機能要件(性能、スケーラビリティ)の考慮不足
      • コードレビューは機能性中心で性能レビューが不十分
      • 負荷テストの実施タイミングが遅い、またはテストカバレッジが低い
      • CI/CDパイプラインに性能テストが組み込まれていない
      • 障害発生時の情報共有や原因究明プロセスが不明確
    • 人 (People):
      • 性能最適化に関するナレッジ不足
      • チーム間の役割分担が明確でなく、連携不足
      • 「動けばOK」という品質文化
      • 技術的負債への意識の低さ
    • 管理 (Management):
      • 新規機能開発の納期が優先され、品質や安定性への投資が後回し
      • 技術的負債解消のためのリソース確保が困難
      • SLA(Service Level Agreement)に対する意識の低さ
  3. 5 Whysによる深掘り(「プロセス」と「管理」の視点から):

    • なぜ同じようなパフォーマンス問題が再発するのか? → 一時的な対処で根本原因が解決されていないから。
    • なぜ根本原因が解決されないのか? → 根本原因を特定するプロセスが確立されていない、または実施されていないから。
    • なぜ根本原因を特定するプロセスが確立されていないのか? → 障害対応が場当たり的になり、短期的な機能リリースが優先されているから(管理・プロセス)。
    • なぜ短期的な機能リリースが優先されるのか? → 事業部門からの強い要請があり、品質保証や改善のためのリソースや時間が不足しているから(管理)。
    • なぜ品質保証や改善のためのリソース・時間が不足するのか? → 短期的な事業目標達成が重視され、システムの長期的な健全性や顧客体験の品質への投資が十分に行われない組織文化があるから(管理・人)。

    この分析により、表面的な技術的課題の背後には、「事業目標とシステム品質のバランスの欠如」「品質保証プロセスの形骸化」「チーム横断的な連携不足」といった組織的・文化的な要因が深く関わっていることが明らかになりました。特に、要件定義の段階で性能要件が明確にされていないことや、それを検証するテストプロセスが整備されていないことが、後の障害の種となっていたのです。

  4. システム思考による因果関係の理解: この事例では、ビジネスサイドからの「早期リリース」のプレッシャーが、開発チームの「品質保証プロセスの省略」を招き、結果として「技術的負債の増加」と「断続的な障害」を生み出す増幅ループが確認されました。そして、障害が発生するたびに「場当たり的な対応」が繰り返され、根本的な解決が抑制されるという抑制ループも存在していました。この構造を理解することで、単に「コードを修正する」だけでなく、「ビジネスと開発間の対話強化」「品質指標の導入と共有」「技術的負債解消のための計画的投資」といった、システム全体に働きかける解決策が導き出されました。

この事例から得られる教訓とIT開発での応用

この事例解析からは、IT開発プロジェクトにおいて以下の重要な教訓が得られます。

  1. 多角的視点の必要性: システム障害は、単一の技術的要因だけでなく、開発プロセス、組織文化、ビジネス戦略、人的要因など、複数の側面が複雑に絡み合って発生します。問題解決においては、これらの多角的な視点から要因を洗い出すことが不可欠です。
  2. 表面的な対処の限界: 根本原因を見抜かずに表面的な問題解決に終始すると、問題は形を変えて再発し、結果的にコストと信頼を失います。RCAを体系的に導入し、深く掘り下げる習慣を身につけることが重要です。
  3. 品質保証プロセスの確立: 特に非機能要件(性能、スケーラビリティ、セキュリティなど)は、要件定義の段階から明確に定義し、設計、開発、テストの各フェーズで継続的に検証するプロセスを確立する必要があります。自動化された性能テストのCI/CDパイプラインへの組み込みも有効です。
  4. 組織横断的な連携とコミュニケーション: 開発チーム内だけでなく、ビジネスサイド、運用チーム、インフラチームなど、関連するすべてのステークホルダー間での密な連携と透明性の高い情報共有が、問題の早期発見と根本解決に繋がります。SRE(Site Reliability Engineering)の文化導入も有効なアプローチです。
  5. 技術的負債への計画的な対処: 目先の機能開発だけでなく、将来的なシステム維持コストやリスクとなる技術的負債に対して、計画的にリソースを割り当て、解消していく文化を醸成することが長期的なシステムの健全性を保つ上で不可欠です。

結論:多角的な視点で本質を見抜き、持続的な成長を

複雑なシステムが不可欠な現代において、問題解決の鍵は、表面的な事象に惑わされず、その奥に潜む本質的な原因を多角的な視点から見抜く力にあります。5 Whysやフィッシュボーン図のようなフレームワークは、その思考プロセスを体系化し、抜け漏れなく要因を分析するための強力なツールとなります。さらに、システム思考を取り入れることで、個々の事象が織りなす全体像を理解し、より本質的で持続可能な解決策を導き出すことが可能になります。

IT開発企業のチームリーダーとして、これらの思考法と分析手法を日々の業務に積極的に取り入れることで、単なる問題解決者としてではなく、プロジェクトや組織の構造的な課題を見抜き、継続的な改善と成長を推進するリーダーとしての価値を高めることができるでしょう。常に「なぜ」を問い、異なる角度から物事を捉える習慣を養うことが、未来のより堅牢なシステムと、より強固なチームを築く基盤となります。